去年の冬、僕らはリスボンに滞在していた。
28番トラムの沿線沿い近くのアパートを一週間借りて坂の多いこの街を徘徊した。
ある日、夕日を見に28番トラムに乗り込み2人席から窓越しにアルファマ地区の景観を堪能していたのだがやがて人々が乗り込んできて婦人に席を譲った。
丁度その頃から黒い服装、黒いサングラス、携帯電話を耳に当てっぱなしの妙な連中が少しづつ僕の周りに集まってきた。
僕は囲まれ、違和感から逃れようとしたが混んだ車内で上手く身体を動かせない。
そこに誰かが僕のリュックに手を伸ばそうとした時、「貴方、こちらに座りなさい!」と夫人がはっきりした口調で僕に席を促した。
さっき僕が席を譲った夫人だ。
僕は窓側に座らされ、横に僕の連れを座らせ、僕らをガードするかのように席の横に立って連中を睨み付けると何人かは停留所で降り、残った連中はトラムの前方に移動した。
「あなた方は観光客ですね。私は地元だからあいつ等は私達に手を出せない。」
「有難う、助かりました。」
「リスボンも昔はあんな連中のいない穏やかな街だったのよ。今もここは好きだけど、出来れば昔の頃に戻りたいわ。」
黙って聞いていた。
「70年代に沢山の移民が入ったり、こちらからも移民で出て行ってしまった。その頃から徐々に治安が悪くなったの。確かに移民のお陰で経済的には多少良くなったけど、さっきの様な事も増えてねえ。。」
「そうなんですか」そう応えるのがやっとだった。
「さて、私はそろそろここで降りなきゃ。リスボンを満喫してね。アディオス。チャオ。」
坂の下に見える遠く、テージョ河からのキラキラ輝く水面を背に夫人は景色の中に消えていった。
ベーラビスタ公園からの夕日を見ながらふと考えてしまった。
日本にもし、移民がやってきたらどうなってしまうんだろう?
周りの地元民はイスに座りワインを飲みなが落日を楽しんでいる。子供がボールを追いかけている。夕陽が当たる教会の鐘塔が綺麗な桃色。
少し不安になった。
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