坂井三郎が言っていた。教官の最初の教えは「周囲警戒を常に怠るな」だった。
零戦という飛行機を操縦して生き残るだけの言葉とは思えない。これは哲学だと思う。
哲学とは世の中全てにおける法則だと思う。
さて、周囲の警戒について。
僕は最低限の生きることについてはさほど苦労しなくなって久しいが、より幸せな行き方を求めたときにはインターネットとかで情報を得る事により商品を安価に手に入れたり、確実に手に入れたり出来る様になった。
これは頭を使って「周囲を警戒」つまり二次元的な情報収集の結果。
さらに踏み込んで実際に行動する際は
歩行時も自転車も車も間合いというパーソナルスペースがとても重要で、近づくと衝突を心配したり、不意の衝突に備えて交差点を気をつけて渡るなど、空間の情報収集を心がけている。
空間、これは三次元的な「周囲を警戒」。
この辺までは坂井三郎の発言に対し読者は直接的に理解出来るのだが、この言葉の本質としては四次元的なものを示唆していないか?
それは、
・過去の情報の再収集(ネットでアーカイブを閲覧、老人より昔話を聞く、自分の経験を鑑みる)
・未来に向けてのトレンドを占う、もしくは予想する
・日頃より肉体を鍛錬し、不測の事態に対処出来るよう心がける(これはまだ三次元かな?)
こうして、脳みそで二次元、肉体で三次元、過去、現在、未来を四次元としてとらえて包括的に「周囲を警戒」する心がけをすると、危険を回避しつつ、効率よく仕事し、より充実したこの現世を謳歌出来るのではないかと、ごく当たり前なこと、でもあまり気づかないことを考えてみた。
きっと風邪のせい。
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